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2004.11.03

いま,会いにゆきます

新宿コマ東宝。
土井裕泰監督。竹内結子,中村獅童主演。
あの『セカチュー』以上に泣けるともっぱらの前評判の映画。市川拓司の原作小説は55万部のベストセラーとなっている。実は最近,自分の人生でも10年ぶりくらいにたくさん本を読んでいるのだが,この原作はあえて読まずに映画を観ることにした。最近の僕は少しおかしい。妙に冷めている。この作品は先週末公開時に観たが,それまでにここにアップできてない結構な数の映画を観貯めているのだが,『感動』とか『感情の高ぶり』といった心の奥底にグッとパンチのくる映画に出会えていない。『セカチュー』のドラマで毎週のようにボロボロ泣いていたあの僕が…。ここはこの映画に鍵のかかった涙腺を壊してもらって,十二分に泣かせてもらいましょう,という意気込みで観る。

3人の親子の雨の季節に起こる奇跡の物語。父・巧(中村)は脳に障害を持っていて少しだけ不自由な生活を送っている。母・澪(竹内)は1年前に病気で死んでしまった。息子・佑司は小学生で母が残してくれた絵本を大切にしている。そこには書いてある。『雨の季節になったら私は帰ってくる』と。巧と佑司はその言葉を信じている。そして,雨の季節がやってくる。静かに降り続く雨の中,巧と佑司は近くの森の廃工場に出かける。そんな二人の前に,澪が突然現れたのだ。だが,澪は記憶を全て失くしていた。信じられない状況に驚きながらも,約束どおり帰ってきた澪を受け入れる巧と佑司。そこからまた親子3人のつつましくも幸福な生活が始まる。但し,それは雨の季節=6週間だけの幸福だった。絵本には書いてある。『雨の季節が終わったら私は戻らなければならない』と…。
(以下,いつもどおりネタバレ)

驚くほど純粋で透明で清潔で無垢な純愛物語。とにかく悪い人が全然出てこない。巧も澪も佑司も,3人の周りの人々もみんな良い人。そこにはウソなんて存在しない。まるで童話の世界のようだ。だから,澪がなぜ帰ってきたのか,などとは疑問にも思わない。それは約束していたからだ。必然なのだと素直に納得させられる。
澪が記憶を失くして帰ってくるという設定も良い。3人はまたいっしょに暮らし始めるが,澪にはまだ夫婦,親子という感情はない。巧と佑司は,またイチから真っ白の画用紙に同じ絵を描くように澪との人生を振り返り,再現していくのだ。その過程の描写も丁寧でとても綺麗に作り込まれていて美しい。いつも降り続いている雨と森の緑がとても印象的で,心が洗われるような清涼感がある。この作りの丁寧さは明らかに『セカチュー』(映画)より上。観ながら感心した。
巧は澪に二人の高校時代の出会いから結婚,佑司が生まれるまでを語って聞かせる。それは巧の一方的な片思いから始まった。そして,巧は自分が病気になったことを悩み,澪と一度別れようとする。だが,気持ちを断ち切れず,東京の大学まで澪に会いにいく。だが,澪を目の前にしてやはり声をかけることが出来ず失意のうちに帰ることになる。そこで二人の関係は終わるはずだった。だが,ある日突然,澪の方から『会いたい』と電話が入る。そして,二人は再会を果たし,結婚に至るのである。

観ていてここが妙に引っかかった。なぜある日突然,『澪の方から』会いたいと電話が入ったのか。ここが鍵になるような気がした。

だが,物語はそのまま進んでいく。澪は佑司と昔埋めたというタイムカプセルを見つける。中に入っていたのは,巧が恋人時代に自分に宛てた47通の手紙と澪が書いた日記。その日記には驚くべき真実が書かれていた…。
それからより一層,巧と佑司に心を開くようになる澪。妻として巧を,母として佑司を次第に深く愛すようになる。しかし,雨の季節はもうすぐ終わろうとしていた。
そして,雨の季節が終わった。別れの時が来たと悟る澪。学校から佑司が駆けつける。遅れて巧も駆けつける。間に合った。それまでそうしてきたように,巧の上着のポケットの中で手を繋ぐ澪。『あなたの隣は居心地がよかったです』…消えていく澪。

もう劇場の中はすすり泣く声があちこちから聞こえてくる。ここは泣くところだ。でも,僕は泣けない。あまりにも話が綺麗すぎる。それにこんな終わり方ではあまりにストレートすぎてありふれている。あの『鍵』はどうなったのか。そちらの方が気になった。

しかし,澪が去ってから,そこから本当の物語は始まった。やはり『鍵』が重要なポイントだったのだ。あの日,澪の方から『会いたい』と電話をしたのには理由があったのだ。必然,いや運命の再会だったのだ。それは澪の日記を回想する形で澪の視点で語られる。高校時代からの二人の出会いは,巧の一方的な片思いではなかったのだ。澪は巧が澪のことを好きになる前から巧のことが好きだったのだ。記憶を失くした時の澪に巧が聞かせた二人の物語には,実は反対側=澪から観た物語があったのだ。次々と明かされる真実。誠実で真っ直ぐな人を愛するという気持ちの純粋さ。

この二重構造の展開と澪の純粋な愛には素直に感動出来るし,涙を誘う。だが,『鍵』の謎解きが残っている。まだ泣けない。

大学まで会いに来たが,澪に会うことが出来ずに帰ろうとする巧を追いかける澪は事故に遭い意識を失う。
その瞬間,澪は未来へジャンプした。
29歳の雨の季節に記憶を失った自分。自分を妻だという29歳の巧。そして自分をママと呼ぶ佑司。彼らは自分が1年前に死んだと言う。そして,29歳の記憶を失くした自分は,もう一度,巧のことが好きになり,愛するようになり結ばれる。そして,雨の季節の終わりとともに去っていく。
目覚めた澪は悩む。巧と結婚しなければ,自分は若くして死ぬようなことにならない別の幸せがあるかもしれないと。だが,澪は巧と佑司との幸せを選ぶ決心をする。そして,巧に『会いたい』と電話をするのである。

謎は解けた。なんと三重構造の話だったのか。奥が深い。凝った作りに感動を通り越して感心する。泣けない。

そして,全てを悟った澪は,日記に決心を綴る。『巧,佑司,待っていてください。いま,会いにゆきます』と…。

ここが一番涙腺が緩んだ。『いま,会いにゆきます』…こういうところで使われるんだ。たぶん一番泣かせるところだ。でもやっぱり泣けない。なぜだろう。

満開のひまわり畑で巧と澪は再会する。澪は不安げな巧の胸に飛び込むと『大丈夫よ…』とつぶやく。『私達は幸せになるの。全部知っているのよ。』といった確信めいた深い言葉だ。澪の一言一言が胸に響く。

ここもたぶん泣けるところ。でも,それまでの雨のシーンとは対照的な,ひまわりが咲き誇るこの鮮やかなシーンは,巧の回想シーンとは別のアングルから撮られていて,よりひまわりが強調され,二人の幸福感や確かな未来を巧く表現している。その作りの細かさに感心し,逆に泣けない。

そして物語は現在に戻り,18歳に成長した佑司と巧が仲良く暮らすシーンでエンドとなる。

結局泣けなかった。長々書いたのは,俺の涙腺壊れとるんとちゃうか,と自問するためだ。なぜこんな純粋で綺麗な物語を観て泣けなかったのだろう。途中で『鍵』に気付いちゃったからかな。澪が去った後の日記の回想シーンの編集がやや強引で(まあ,あれ以上長くなってもダメだったわけでここは難しい),澪の気持ちに入りきれなかったからかな。自分には妻も子もいないので上手く感情移入出来なかったからかな。いずれにしても自分の感性を正したくなるような嫌な気分だ。

良い映画であることは間違いない。『セカチュー』より作りが丁寧だし,広い年齢層(ターゲットは20代~40代あたりか)に受け入れられやすいストーリーだ。中村獅童の不器用だけれど真っ直ぐで不思議な包容力を感じさせる巧を演ずる演技は褒めるに値するだろう。そして,竹内結子の際立つ独特の存在感。この映画の一番の良いところは,澪に竹内結子をキャスティングしたことだろう。竹内結子の魅力爆発の映画である。色がついてなくて,純粋で,清潔感があって…澪のキャラにぴったりとはまっている。この映画を観て,竹内結子を『いい!』と思わない男が世の中にどれくらいいるか数えたいくらい魅力的だ。カップル向きの純愛物語なのでデートムービーにお薦めだが,鑑賞後は彼氏はしばらく『竹内結子マジック』にかかって間違いなく使い物にならないはず。彼女,注意のこと。あと,30前後で佑司(小学校1年生?)くらいのお子さんがいるご夫婦にもお薦めしたい。きっとお互いのこと惚れ直すと思うから。

純粋な愛。真っ直ぐな愛。そんな愛が過去と未来を交錯し,輪廻する物語。原作はどんな作りなのだろう。今度読んでみよう。


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