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2005.11.21

春の雪

新宿グランドオデヲン座。行定勲監督。妻夫木聡,竹内結子主演。

時は大正初期。侯爵家の一人息子の清顕(妻夫木聡)と幼馴染の伯爵家の一人娘の聡子(竹内結子)は幼い頃からお互いのことを恋い慕っていたが,年月が過ぎ,青年になった清顕は,昔と変わらぬ恋心を秘める聡子を意識的にはぐらかし,自分の気持ちに素直に振舞えない。そんな時,宮家の王子と聡子の縁談の話が家同士の間で進み,聡子は必死に清顕からの求愛を願うが,清顕はわざと聡子を突き放し,天皇からの勅許も出てしまい,聡子の縁談が決まってしまう。しかし,そうなって初めて自分の本当の気持ちに気付く清顕。溢れ出る聡子への想いを聡子に求愛し,清顕と聡子はお互いの身体を重ね合い,激しく求め愛し合う。許されない逢瀬を重ねる二人だったが…。

まず,この作品は2時間30分もある堂々とした大作であったが,観ている途中で退屈になり時計を見るようなことはなかった。ちゃんと自分はその世界観に引きずりこまれていた。そういう意味では,見応えのある作品だったのかもしれない。現に,大正時代の雰囲気をスクリーン上で見事に再現。凝ったセット・美術,時代考証を重ねた衣装,考え抜かれたフレームワークとカット割り。本当に細かいところまで手が行き届いていている。日本の四季をバックにした画が抜群に美しい。この作りの細やかさには本当に感心した。

が,しかし,その入魂でこしらえた器の具となるべき,役者に華がないのだ。妻夫木聡の演じた清顕は元々人間的に未熟な設定だが,彼が演じると未熟を通り越して子供っぽくしか見えないので,全く感情移入ができない。聡子を駄々っ子のように欲しがる姿は幼稚としか思えない。それを受け入れる聡子も,内に秘めた激しい愛情のようなものを持っているはずなのだが,それが全く竹内結子の演技からは読み取れない。単に清顕に身体を預けているだけ?って感じてしまう。二人が大きな障害を越えても,逢瀬を重ね,愛し合う場面こそ,単なるラブシーンを越えて,二人の純愛を表現する最重要な場面だと理解しているが,それが単なる形だけのラブシーンに終わってしまっているのが本当に残念だ。全く艶やかさがない。これが竹内結子のキャスティングでは制約の限界(ヌードはNG)なのかもしれないが,最大の見せ場がこれでは,僕は不勉強で原作は未読だが,三島由紀夫も浮かばれないことだろう。竹内結子が大正の女性に見えなかったのも,マイナスな点だろう。あえてそういう演出したのだろうが,他の作りが徹底的に大正に拘っているだけに,彼女が浮いてしまった印象を受けた。ラストでああいう結末を聡子が選ぶなら,それまでに聡子側からの心情表現ももっとあっても良かったかもしれない。妻夫木聡も竹内結子も精一杯の演技をしたが,あとひとつの大きな壁を二人とも突き抜けることができなかったのだと思う。もっと演技の幅を広げることが必要だ。主役の二人がそこまでの演技しかできなかったことが,ここまで丁寧な映像を作り上げた行定勲監督の最大の誤算だろうか。まあ,このキャスティングだから客が呼べるわけで,痛し痒しだが。行定監督が丁寧な画を作り込む才能はあることは分かったので,あとは脚本が今ひとつだったのがマイナス要因かと。そういう意味では惜しい作品だった。

最後に,この作品の雰囲気に宇多田ヒカルのエンディング曲はマッチしてなかったと思う。かなり大ハズレ。

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